今日の状況
スポーツの日の朝。十月の祝日は、今日のひとつだけ。居間の襖に、ねつきが昨日の夜から貼りつづけた黄色い付箋が並んでいて、数えたら三十一枚あった。ミコはほうきを持って、襖の前で立ち止まっている。
登場人物
- ねつき: 祝日が一日しかないのに、やりたいことは三十一個ある
- ミコ: 襖を掃きに来たら、襖が見えなかった
三十一枚


ミコ
ねつきちゃん、襖が黄色いにゃ。桟の上まで貼ってあるにゃ

ねつき
今日やりたいこと全部なの! ペペロンチーノの乳化をもう一回詰める、積んでるゲームを一本終わらせる、ベランダの鉢を植え替える、押し入れの奥の箱を開ける、それから——

ねつき
分かってるよ。だから絞るの。バフェットの「25/5ルール」って知ってる? やりたいことを二十五個書いて、上の五つだけやる。残りの二十個は「絶対やらないリスト」に入れて、見ないようにするの。投資の神様が専属パイロットに教えたやつだよ。はい、乳化に丸、ゲームに丸、植え替えに丸……

ミコ
…五段目の、左から三枚目も、やらない札になるにゃ?

ねつき
丸がついてないのは全部そう。半端にやりたいことが一番の敵なんだって。神様がそう言ったの

ミコ
その神様は、どこでそう言ったにゃ? 本か、インタビューか

ねつき
えっとね、ちょっと待って。……英語の記事がいっぱい出てくるの。パイロットの名前も、二十五個も、五つも、全部同じ。どの記事も言い切ってるよ

ねつき
……あれ。どの記事も、どこで言ったかが書いてないの。インタビューの日付もない、本の名前もない。「確かめようがない」って書いてる記事が、ひとつだけあった

ねつき
みんな同じ顔で、同じ自信なの。ねつきもさっき、同じ自信で言ったよ (´・ω・`)
四つの箱

ねつき
じゃあアイゼンハワーにする。緊急と重要で四つの箱に分けるやつ。これはさすがに本人が——

ねつき
はーい。……1954年の演説だって。しかも本人の言葉じゃなくて、「昔の大学の学長が言ってた」って紹介してるの。名前は出てこない
I have two kinds of problems, the urgent and the important. The urgent are not important, and the important are never urgent.
— 1954年8月19日、イリノイ州エバンストンでのアイゼンハワーの演説(Quote Investigator による)

ねつき
ミコちゃん、ここ見て。「めったに」じゃなくて「never」なの。重要なものは、絶対に急がない

ねつき
逆だよ。急がないってことは、向こうから呼んでくれないってことなの。鍋は吹きこぼれたら走っていけるけど、鉢の植え替えは一生吹きこぼれない。急ぎの順に並べたら、重要なほうには一生順番が来ないの

ミコ
…それなら、余計に減らすべきにゃ。多すぎるから選べないにゃ
ジャムの棚

ミコ
ジャムの実験があるにゃ。お店の試食台に二十四種並べたときと、六種だけのときを比べたにゃ

ミコ
買った割合は十倍違うにゃ。並べすぎると、人は何も買わないにゃ

ねつき
一軒のお店の話だよね。……似た実験を五十個集めて平均した人がいるの。そしたら、選択肢が多いことの効果は、ほとんどゼロだったって

ねつき
起きないんじゃなくて、起きたり起きなかったりなの。選ぶものが複雑だったり、自分の好みが決まってなかったりすると起きるんだって

ミコ
ねつきちゃんの好みは、決まってるにゃ。三十一枚全部、自分で書いたにゃ

ねつき
そうなの。どれも好き。だから捨てる札は作りたくないの

ミコ
それより先に、その尻尾を止めるにゃ。さっきから座布団を掃いてるにゃ。ミコのほうきより働いてるにゃ
一行ずつ

ねつき
昨日の夜、布団に入ってからもずっと付箋の中身が回ってたの。植え替え、乳化、押し入れ、また植え替え。やってないことが、順番に耳元で鳴るの

ねつき
それがね、やらなくても止まるっていう実験があるの! 2011年の。終わってない目標があると、関係ないことをしてても頭に割り込んでくる。でも、その目標について具体的な計画を立てさせたら、割り込みが消えた。まだ何もやってないのに

ミコ
計画だけで静かになるなら、書いた時点で満足して、誰もやらなくなるにゃ

ねつき
ふつうの「やりたい」じゃだめなの。いつ、どこで、どうやるかまで書く。それに、本気の計画ほど効いたんだって。……あ。重要なものは自分からは呼ばないんだった。だったら、こっちで日付を書いて、呼ぶ日を決めちゃえばいいんだ。日付が付いた瞬間、重要なものも、その日には急ぎになるの

ねつき
全部に書く。三十一枚、捨てる札は作らない。賭けようよ、ミコちゃん。書き終わったら、ねつきの尻尾が止まるかどうか

ねつき
決まり! 植え替えは「土曜の朝、ベランダ、土を先に買う」。押し入れは「来月の三連休、箱は二つまで」。乳化は「水曜の夜、にんにくは一片、ゆで汁を先にとる」……ミコちゃん、上のほう剥がして渡して。届かないの

ねつき
左から一枚目は「日曜の夜」、二枚目は「月末」……三枚目。これ、いつにしよう

ミコ
…ねつきちゃんが決めるにゃ。ミコはどれでもいいにゃ

ねつき
ふーん。じゃあ、これだけ「今日」って書く。……はい、三十一枚目もおしまい

ミコ
…尻尾、座布団の上でまっすぐ寝てるにゃ。お昼、何がいいにゃ

ねつき
ペペロンチーノ! ……あ、それは水曜って書いちゃった。水曜まで取っておくの。今日はミコちゃんの好きなやつでいいよ♪
夕方、襖にはまだ三十枚の付箋が貼ってある。どれにも端に小さく日付が入っている。朝のほうきは、襖の横に立てかけたまま。五段目の左から三枚目だけが空いていて、そこにあった一枚は、ミコのエプロンのポケットから角を出している。
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