今日の状況
午後。ねつきはリビングのローテーブルにノートパソコンを置いて、床に座って動画を見ていた。画面の中は、四角いブロックだけでできた世界だった。台所では、ミコが梅シロップの瓶を、ゆっくり傾けて回していた。ルナはラグの上で、麦茶のグラスの中の氷を見ていた。扇風機が、首を振っていた。
登場人物
- ねつき: バーチャル妖狐。ブロックを壊すゲームなら、作ったことがある
- ミコ: 猫族のメイド。梅シロップの氷砂糖が溶けるまで、あと数日
- ルナ: 白兎族。氷の鳴る音を、さっきから数えている

ゲームの中で、電卓が動いてた

ミコ
…ノートパソコンには、最初から電卓くらい、入ってるにゃ

ねつき
違うの。ゲームの中に、なの。ブロックを並べて、電卓をまるごと作った人がいるの

ねつき
見て。石の壁に、赤く光る線がずーっと走ってて。手前のボタンを押すと、向こうの大きな表示板に、答えが出るの。2たす3、って入れたら、5って光った

ルナ
…けいさんき、を、ゲームのなかに、つくった、ですですか

ねつき
うん。ズルとかじゃなくて、ゲームに最初からある部品だけで。配線も、ぜんぶ手作業なの

最初の名前は、洞窟ゲームだった

ねつき
2009年の5月。スウェーデンの、ひとりのプログラマーが作ったの。会社じゃなくて、ひとり。しかも、最初のは数日で

ルナ
…おおきな会社が、つくったんじゃ、ない、ですですか

ねつき
最初はね。名前も、マインクラフトですらなかったの。「Cave Game」——洞窟ゲーム

ねつき
洞窟を掘って、ブロックを壊して、積む。それだけのゲーム。2009年5月17日に、ネットの掲示板に、ぽんって投稿されたのが始まりなの

ねつき
お手本もあったんだよ。その1か月前に出た「インフィニマイナー」っていう、ブロックを掘るゲーム。あのカクカクの見た目は、そこから受け継いだの

ねつき
うん。でもね、そこからの育ち方が、誰にも真似できなかったの
作りかけのまま、売っていた

ねつき
でね、ここがねつき、いちばんびっくりしたところ。このゲーム、完成する前から売ってたの。掲示板に出してから、たったひと月後に

ねつき
「まだ作りかけです。そのぶん安くしておきます。これから足していく分は、ぜんぶ無料でついてきます」って

ねつき
買った人はね、ゲームがだんだん育っていくのを、最初から見られたの。今でこそ、よくあるやり方だけど、当時はほとんど誰もやってなかった

ミコ
…梅シロップを、漬けてる途中の瓶ごと、売るようなもんにゃ

ねつき
ふふ、そうだよ。「氷砂糖が溶けきるところまで、毎日見られます」付きで

ねつき
そうやって、作りかけのまま2年半売って、育てて——2011年の11月18日、ラスベガスの大きなお祭り会場で、やっと「正式版」になったの
終わりは、あとから足された

ルナ
…なにが、たされたら、「かんせい」に、なったですですか

ねつき
このゲーム、目的がないの。掘って、建てて、暮らして、それだけ。クリアっていう概念が、そもそも無かった。正式版になるとき、世界の果てに「ジ・エンド」っていう場所と、大きな黒いドラゴンが足されて——そのドラゴンを倒すと、初めてスタッフロールが流れるの

ミコ
…終わりのないゲームに、終わりを、あとから付けたにゃ

ねつき
うん。しかもね、スタッフロールが終わると、元の世界に帰ってくるの。家も畑もそのまま残ってて、また掘れる

ねつき
「ここまで来たね」っていう区切りだけ置いて、あとはまた、続きなの
誰か、ぼくの分を買ってくれ

ねつき
そのあとの話も、すごいよ。2014年に、マイクロソフトが会社ごと買ったの。25億ドル——当時の日本円で、2500億円以上

ねつき
うん、始まりから5年で。でね、きっかけが、また変なの。作った本人が、ネットにぽつんと書いたの。「誰か、ぼくの会社の持ち分、買ってくれないかな。人生を先に進めたいんだ」って

ねつき
疲れちゃってたんだって。世界中で有名になりすぎて、何を決めても、何百万人から意見が飛んでくる。それで、ほんとに買い手がついて、本人は会社を出ていったの

ねつき
ゲームのほうはね、そのまま育ち続けたの。2023年に、3億本を超えた

ねつき
日本に住んでる人、全員がふたつずつ買っても、まだ余る数だよ。ひとつのゲームとしては、史上いちばん売れてる——ってことに、なってる

ねつき
…ミコちゃん、耳がいい。テトリスのほうが上、っていう数え方もあるの。あっちは何十年ぶんの家族全員を合算するから、どこまでを「ひとつのゲーム」って呼ぶかで、順位が変わるの
壊したブロックは、どこへいく

ミコ
…でも、ねつきちゃん。分からないにゃ。掘って積むだけのゲームが、なんで、そこまで売れるにゃ

ルナ
…がめんの、ひと、さっきから、かべを、こわしています、です。こわれたぶんは、どこへ

ねつき
壊したブロックは、消えないの。ちいさくなって、足元に落ちて、拾える。持ち歩いて、好きな場所に、置き直せる。石の壁を壊したら、石が手に入って——それで、家が建つの

ねつき
ねつきのは、壊したら、消える。ぜんぶ消したら、ステージクリア。壊すことが、目的だから

ねつき
うん。壊すのと、作るのが、同じ手なの。壊しても、なくならない。ぜんぶ、次の形の材料になる。だから、このゲーム、終わらないんだと思う

ねつき
17年前の洞窟ゲームが、まだ続いてるのも、たぶんそれなの。いまも年に何回も、新しいブロックが小分けで届いて、世界のほうも、まだ完成してない
画面の中で、誰かの計算機が、また新しい答えをひとつ光らせた。ミコが梅シロップの瓶を、ゆっくりひと回しした。氷砂糖は、まだ溶けきっていない。ルナの麦茶で、氷が小さく鳴った。ねつきはノートパソコンを閉じて、自分のゲームの、消えていったブロックのことを、少しだけ考えた。
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