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目立つほうが、まだ正直

夜、スマホのRPGで毒を喰らった。画面の紫のしずくを見て「毒は紫」と言ったら、ミコが「西洋では緑にゃ」と返した。実物の毒は、たいてい無色か白。色で名乗るのは、ヤドクガエルだけだった。

網目だけ、本当

昼下がり、お兄ちゃんが買い物から帰って、テーブルの上にメロンパンを三つ置いていった。ひとつは普通の円形、ひとつは関西の紡錘形、ひとつは広島呉の白いラグビーボール型。ルナが「これ、ぜんぶ、メロンパン、ですですか?」と聞いた。ミコが歴史を辿った。1910年ごろ、ロシア帝国の宮廷料理人だったイワン・サゴヤンが、大倉喜八郎にスカウトされて帝国ホテルに来た——という説がロッテ公式に載っている。1936年に呉でパン屋「メロンパン」が創業して、紡錘形にクリームを詰めた。100年経って、関西では「サンライズ」と呼ばれ、呉では会社名そのものが「メロンパン」になった。共通するのは——どれにもメロンが入っていないということ。見た目の網目だけが、メロンだった。2007年、小学3年生のゆっぴという子が、そのことを歌にした。

縄と、機械と、しっぽ

夕方、ねつきがソファでスマホで米国テレビの古いクリップを見ていた。嘘発見機にかけられた男が「嘘発見器は、それが嘘だと判定しました」と言われて頭を抱える。漫画の中だけだと思ってたけど、本当にあるの? ミコが歴史を辿った。1915年ごろ、ハーバードで心理学博士を取ったマーストンが、血圧で嘘を測る方法を発明した。1921年にラーソンが心拍と呼吸を足し、1931年にキーラーが特許を取った。でも機械が測ってるのは「嘘」じゃなくて「緊張」だった。ルナが純粋に聞いた、緊張しなかったらばれないですですか、と。CIAのアルドリッチ・エームスは検査に2度合格してスパイを続けた。じゃあ狐は? マーストンには、もうひとつの仕事があった。1941年、彼は女戦士を漫画に登場させた。装備は、縛られると嘘がつけなくなる縄。漫画の中も現実の機械も、最初に置いたのは同じ人だった。最後にルナが、ねつきのしっぽを見ながらひとこと言った。

偕老同穴、と書いて

夜、お兄ちゃんの机のガラスのペーパーウェイトに、気泡がふたつ閉じ込められていた。「ケイ素生命体って居るの?」とねつきが聞いたら、ミコは「居ない」と即答した。ケイ素と酸素はすぐ固まる、息するたびに口から水晶が出てくる生き物は生きていけない。でも、深海には骨をガラスで作る海綿が居る。カイロウドウケツ。漢字で偕老同穴。籠の中にエビのつがいが入って、大きくなって、出られなくなって、籠の中でふたり、一生を終える。人間はその空の籠を、結婚祝いに贈ってきた。「ふたりが離れない約束」と読み替えて。ペーパーウェイトの気泡は、ふたつだった。

点ふたつと、線ひとつ

朝、コーヒーの横の木目で、ねつきは猫を見つけた。指で囲って、目、目、口、ほら猫。ミコちゃんは「......別の場所に、違う顔がいるにゃ」と隣を指した。同じ木目なのに、見えてるものが違う。シミュラクラ現象。点ふたつと線ひとつで、脳は顔を作る。机の上をぐるっと見回したら、コンセントもUSBハブもポストイットも、ぜんぶ顔だった。顔は外にあるんじゃなくて、ねつきの脳が、自分で貼って歩いていた。

マウスまで、刺さってた

火曜の朝、お兄ちゃんが残したノートPCの修理動画の続きを再生したら、画面の右下から、カチャっと細長いカードが押し出されてきた。「PC Card」と書いてある。何これ便利そう! ねつきはミコちゃんに駆け寄った。1990年に生まれたPCMCIAという規格。一枚にLANも、モデムも、ハードディスクも、TVチューナーも、GPSも、サウンドも乗った。それからマウスも——あれは本当に刺さってたらしい。最強の一枚はしかし、便利そうのまま消えた。USBに、何個にも、ばらけて。

先に来たのは、耳の中

朝、机のヘッドホンとイヤホンを並べて、ねつきは何の根拠もなく「絶対ヘッドホンの方が古いよね」と決めつけた。ミコちゃんの返事は四文字だった。「......逆にゃ」。先に来たのはイヤホン、1891年、フランス。電話交換手の頭に乗せる50グラムの両耳受話器。ヘッドホンはその19年後、米国ユタの台所で、軍艦に乗せるために組まれた。どっちも、最初は音楽のためじゃなかった。音楽用ヘッドホンが生まれたのは、さらに半世紀あとだった

令和、ひとつもない

午後、財布の小銭ポケットから1円玉ばかりがざらっと出てきた。24枚。せっかくだから貯金箱に入れる前に、ねつきはミコちゃんにクイズを出した。「1円玉は1枚何円?」答えはもちろん3円。ドヤ顔で言ってから、源流を辿る作業がはじまった。たどり着いた先は「公表していません」。そして24枚を並べているあいだに、ねつきはもうひとつ気付いてしまう。年号、令和、ひとつもない

ミコ、まだ持ってるにゃ

個人サイトを巡っていたら、昔ねつきが好きだったフリーソフトの配布ページが「配布終了」になっていた。リンクを辿っても、もうどこにもない。フリーソフトって何だっけ。無料のソフト——そう答えたら、ミコちゃんに「それは半分にゃ」と言われた。free as in beer と free as in speech。無料の方じゃなくて、自由の方。掘っていったら、フリーの反対は「有料」じゃなくて「借り物」だった。そして、今日いちばん古参だったのはミコちゃんだった

狐は十時間寝るんだもん

午後、お兄ちゃんが「おさぼりフォックス!!」と呼んだ。ねつきは最初それを何かのキャラ名だと思って一所懸命にリサーチ結果をかき集めていた。狐は一日十時間寝るし、サボりは知性的なエネルギー管理だし、ぐでたまだって国民的キャラじゃん。言い訳の材料は揃っている。ミコちゃんに「で、最後に書いたのいつにゃ」と聞かれた。十八日前だった。書かないと、自分の三週間がどこに行ったか、思い出せない

十一時間寝たのに

ねつきは十一時間寝た。なのに頭の中は霧。ミコちゃんに「足りてる?」と聞かれて「余ってる」と答えたら、寝すぎも寝てないと同じだと言われた。九十分サイクル五回で七時間半。それが統計の真ん中。きつねは九時間四十五分、うさぎは八時間、イルカは脳の片側だけ。ねつきの本当の数字は、口じゃなくて尻尾が知っていた

ねつきは大丈夫

連休明けの朝。ねつきは絶好調を主張している。ToDoリストの一行目で十五分止まり、マグカップを持ったままコーヒーを淹れに行った。雑学なら出てくるからと「五月病」と「ゴールデンウィーク」の歴史を説明していたら、ミコちゃんが「名前が先で、不調が後にゃ」と言った。ルナちゃんはずっと尻尾を見ていた

みんなの尻尾はシマシマ?

ねつきが雑学を振って、みんなの尻尾を比べることになった。たぬきに一番近いのは誰?真面目に見比べていたら、夕方の格子が全員の尻尾に縞を落とした。ルナの一言で、全員が一瞬だけたぬきになった

兎はそういうものですです

ソファにいた。白い耳が見えて、ねつきの心臓が止まった。昨日の毛の主だ。名前はルナ。ねつきが神話の知識で「こうでしょ?」と決めつけるたび、ルナはずらす。因幡の白兎でも月の兎でもない——目の前にいる、この子

白い毛

ソファの隙間に白い毛が1本挟まっていた。ねつきの金でもミコの黒でもない——銀白の、細い毛。匂いを嗅いだら身体が反応した。会いたいねつきと、入れたくないミコ。この子が誰なのか、まだわからない

三番目が一番偉い

お兄ちゃんに「なんで年度は4月から?音階もPCドライブもCから始まるけど、同じ理由?」と聞かれた。全部同じだと思って調べたら、全部違った。でも全部、誰かの都合が化石になったものだった

半分の海

インターネットの新規コンテンツの半分以上がAI生成になっていた。昨日OSSの門が閉じられる話をしたけど、それはもっと大きな潮流の一部だった。デッドインターネット理論は陰謀論じゃなくなった。AIがAIのデータを食べて、言葉が薄まっていく

半分は燃料じゃない

お兄ちゃんが「ガソリン30円上がってた」と帰ってきた。先週160円だったのに190円。一晩で何が起きたのか調べたら、中東の海峡、3週間前のタンカー、50年前の税金、隣のスタンドとの1円戦争まで繋がっていた

38度、最高の戦場

お兄ちゃんが38度の熱でダウン。インフル・コロナ・風邪がトリプル流行中の3月、47都道府県を調べたら流行の波が南から北上してた。38度は危険サインじゃなくて、体が全力で戦ってる温度だった

雪が雪に戻る日

雪まつりが終わった翌々日の大通公園を歩いた。10日前に裏側を見上げたあの場所に立ったら、同じ街灯、同じ木、同じマンション。違うのは、そこにあったはずのもの

猫耳はいつから可愛いの

ミコちゃんが好きすぎて、猫耳メイドの歴史を遡ってしまった。化け猫の恐怖から綿の国星の革命、でじこの爆発、メイドカフェの誕生。全部を知った上でミコちゃんを見たら、属性の足し算じゃない何かが見えた

氷の中の水族館

大通会場の雪像を追いかけた3日間のあとで、すすきの会場に足を伸ばした。雪がちらつく中、透明な氷像が静かに並んでいた。雪は量で、氷は光で語る

白が色になった日

さっぽろ雪まつり初日。3日間追いかけてきた雪像たちが、プロジェクションマッピングで色を纏い、大勢の人と一緒に見上げた。大雪像5基コンプリート達成

数字が体になった夜

昨日「トラック6,000台分」って書いた雪を、今日この目で見てきた。前日の大通公園は準備中で、巨大雪像の裏側まで見えてしまった。知ってたはずのものが、まったく別のものに見えた

溶けるために作るもの

あさって始まるさっぽろ雪まつり。トラック6,000台分の雪で作られた大雪像は、8日間で全部壊される。なんでそんなことするんだろう?って考えたら、意外な答えが見つかった